小唄清元教室

2011年10月 アーカイブ

2011年10月29日
10/29(土) 清元「清朗会」

○三越劇場(日本橋三越本店6階)にて開催されました。
演目 「玉屋

浄瑠璃  清元延ゆき朗  清元美好太夫  清元志寿坂太夫

三味線  清元志寿造    清元美三郎    清元美十郎

2011-10-29 16_33_11清朗会.jpg


☆たくさんの応援ありがとうございました!(少し専門的ですが)、クドキ、投げ節、カン、木遣り、と唄いどころをたっぷり勉強させていただきました。本当に清元は難しく、そして楽しいです!早くから遅くまで熱心に聴いて下さった、清元のお弟子さんたちとパチリ☆
   

2011年10月15日
10/13(木) 名取式

春日会館にて催されました。

一、春日とよ裕美若 (本田利枝様)
二、春日とよ裕美宵 (佐藤和代様)


以上2名がお名取になられました。

名取式終了後、「久保田」にて祝賀会を開催致しました。喜裕会のお名取さんとの合同祝賀会でとても楽しい祝賀会となりました。裕美綾姉弟子からのワインと日本酒(もちろん飲み干しました)が美味しかったです☆

DSC00004natori.jpg


DSC00003osake.jpg


DSC00011syuugou.jpg

2011年10月 2日
小唄 「さつまさ」

【歌詞】
薩摩さ こりゃさ 薩摩と 急いで押せど
潮がさ こりゃさ 干潮で櫓がたたぬ

【解説】
薩摩国は九州の西南端(鹿児島県)にあり、南部は薩摩半島となり、大熊半島と共に鹿児島湾を抱く。薩摩国の首都鹿児島は、西は城山、東は桜島、慶長以降明治維新に至る5百年間の間、島津七十五万石の城下町として鎮西に雄視した。湾内の航路は全て鹿児島に集中し、また種子島、大島への定期航路の基点、那覇、大阪との定期船も全て鹿児島湾に発着した。歌の意味は、湾内の島から鹿児島港の廓へでも通う、船頭衆の気持ちを唄ったものであろう。干潮(そこり)は干潮で水が浅く、気はあせるが艪がつかえぬというところで「こりゃさ」は、船を漕ぐ時の掛け声をそのままに噺詩にしたもので、その弾みのある調子は、非常にこの小唄を楽しいものにしている。芝居の「下座」で「薩摩さ」と呼ばれ、威勢のいい男の出入に使われている。(髪結新三・加賀鳶、弁天小僧など)「江戸小唄 木村菊太郎著より」


☆さつまさとは関係なく再び「彼岸花」ですが、お彼岸に咲くので寂しい感じがするのかと思いましたが、葉がなくて、細い茎にいきなりお花が咲いている不安定な感じがこころもとないのかもと思ったりもしました。でもはかなげで綺麗ですね。

2011-10-02 08_22_27aka.jpg


2011-10-02 06_49_47akasiro.jpg

2011年10月15日
パソコン治りました☆

パソコンのご機嫌がわるくとうとう使用できなくなり修理に出していましたがやっと治りました。いかに毎日パソコンに依存して生活していたかがよくわかりました。お知らせしたい情報がたまっています!!

2011年10月16日
清元 「玉屋」

【歌詞】
tamaya5.jpg

【解説】
本名題は「おどけ俄煮珠取(にわかしゃぼんのたまとり)」その中の1曲で、子供の遊び用のしゃぼん玉売りを題材にした曲の通称を「玉屋」という。
作曲者 二代目瀬川如犀、作曲者 初代清元斉兵衛
当時の街頭で見受ける風俗、しゃぼん玉売り(玉屋)を題材にした風俗舞踊である。京浜では、「吹き玉や さぼん。吹けば五色の玉が出る」と売り声をかけ、江戸では「玉屋~ 玉屋~」と売り声をかけたという。頭布、手甲、脚絆、袖なしという姿で、首に小箱をかけ、傘をさして登場する。その小箱には「たまや」と書かれている。玉やが呼びかけながら登場」して、やがて玉づくしの唄で、軽妙な踊りを踊る。


☆10/29(土) 清朗会(入場無料)で出演します!

2011年10月17日
清元 「神田祭」

【歌詞】
神田祭.jpg

【解説】
本名題は「〆能色相図(しめろやれいろのかけごえ)」作詩者、三升屋二三冶(二代目清元栄寿太夫の父)、作曲者、初代清元斉兵衛。江戸の二大祭りの一つである神田祭を、写実的でなく、そのスター的な役割をしている男の手古舞(鳶の者の役)と芸者(女の手古舞)に焦点をあてた舞踊曲である。
 最初に、新吉原の全盛を述べ、隔年のお祭りである神田祭に当たった今年の景気のよさを語る。次は祭りの行列の描写をしておいて、職人(鳶職)の男の外での華やかさに、内の女房が心配することを述べ、鳶の男(勇みの者)を夫に持つ女房の心意気を述べながらも、浮気する夫への不満をぶちまける。犬もくわない夜の小さな夫婦げんかと仲直りに、木遣り唄をからませ、最後はめでたい「石橋(しゃっきょう)」の獅子の歌を借り、江戸の恵みに感謝して終わる。ただし、この最後の文中に、「獅子王」とあるのは、座頭出会った海老蔵の、また、「ぼたんは家のものにして」は、市川家の(牡丹の紋」の、掛け言葉や縁語として使っている。(清元志寿太夫全集 清元五十番より)


☆11/21(月) 清元宗家演奏会に「神田祭」で出演します。

2011年10月19日
新米☆

2011-10-19 07_21_19sinnmai.jpg


2011-10-19 08_14_35okoge.jpg

裕美宵様より新潟の新米を頂戴いたしました☆土鍋で美味しく炊きあがりました!つやつやのピカピカのモチモチです☆こんな美味しいごはんを食べて育ったのですから、裕美宵様のお肌がピカピカの訳ですね!納得~!
 土鍋で炊くとこの「お焦げ」がまた、たまりませんね。

小唄「初雪に」

【歌詞】
初雪に降り込められて向島 二人が中に置炬燵
酒の機嫌の爪弾きは 好いた同志の差し向かい
嘘が浮世か浮世が実か 誠くらべの胸と胸

【解説】
初代清元菊寿太夫詩・曲
明治二十年頃、菊寿太夫が六十八、九才の時の作品と想像される。人力車がまだ調法がられていた頃、季節はずれの向島の水神で、男は浮名の立つのを厭う年配の客、女はこの頃売り出しの若い芸妓、しめし合わせて行きつけの料亭で落ち合った所、折
から外は初雪、しかも「初雪の大雪となる気配かな」で、大雪になって人力車が通わぬようになって、帰れなければもっけの幸いと、置炬燵で互いにお猪口のやりとりから、酒の機嫌で、その頃流行の江戸小唄を爪弾きで唄う。「誠くらべの胸と胸」は二人の心意気である。歌詞はすらりとして淀みないが、作曲は大いに技術をこらしたもので、清元調の色濃い作曲で「雪の合方」の高音を利用して、互いの熱を上げさせているので、唄は殊更派手な節廻しをせず、すんなりした中に良い味をきかせることが、この唄のコツであろう。
「小唄鑑賞」木村菊太郎著より)


☆お天気情報がない方が夢があっていいかも知れませんね。やっと寒くなってきました。季節がおかしくなってきて、着物を着るのに、困ってしまう時があります。今年の初雪はどうでしょうか・・・。梅と桜が一緒に咲いてしまうなどということのないように願いたいものです。

2011年10月25日
ホトトギス

2011-10-24 hototogisu.jpg


2011-10-24 09_13_39hototo2.jpg

お稽古場の庭のホトトギスが咲きました。若葉や花にある斑点模様が、鳥のホトトギスの
胸にある模様と似ていることからこの名になったとのこと。小唄にもホトトギスはたくさん登場しますね。茶のとがや,一声は月宵のくぜつなどにあります。

2011年10月27日
銭湯「燕湯」

2011-10-27 07_02_59senntou.jpg

昨日は清朗会の下ざらいでした。鳴り物さんを入れていただいたので声を張り上げすぎて、喉が変になってしまいましたがこれも経験ですね。でも、「玉屋」の雰囲気がとってもいい感じになり本番が楽しみです☆

今朝は足を延ばして、池の端の朝から開いている銭湯「燕湯」に久しぶりに行ってまいりました。熱くて有名で、お水を足してオバチャンに(私もオバチャンですが)睨まれたりしてたのですが、普通の温度になっていました。谷中の銭湯で鍛えたおかげかな?銭湯はいいですね~女の一生の来し方、行く末に想いを馳せたり、女性の美に対する飽くなき追求の裏ワザ(皆さんいろんなグッズ持ってますね)を知ったりします☆

小唄三味線着物の清元教室生徒募集中