湯島天神と婦系図

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こんにちは

小唄の理解を深めるのために、春日会名取式が執り行われる湯島天神にお詣りしてきましたので、レポさせていただきます。

正式名称は湯島天満宮。
社伝によれば、雄略天皇2年(458年)、雄略天皇の勅命により天之手力雄命を祀る神社として創建されたと伝えられている。
文和4年(1355年)、住民の請願により菅原道真を勧請し老松の根元に合祀したことが縁起で、その後、太田道灌が再興し、徳川家康が入府のときに神領に寄進される。

新派劇『婦系図』湯島境内の場で有名。まだ、江戸の名残りがほのかに残る、明治40年代の柳橋。売れっ妓のお蔦は幼なじみのドイツ文学者の卵、早瀬主税と再会し恩師の大学教授酒井の許しを得ぬまま所帯を持つ。
それを知った酒井は身分違いのお蔦との仲を反対する。
『俺を棄てるか、婦を棄てるか』と真砂町の先生に迫られた主税は湯島境内でお蔦に別れを告げ学の道に戻る。
「お蔦、何も言わずに俺と別れてくれ」
「切れるの別れるのって、そんなことは芸者のときに言うものよ。今の私にゃ、死ねと言ってください」
涙残して別れるよりも
いっそ絶ちたいこの命
湯島白梅お蔦のこころ知るや知らずや
なぜ散りいそぐ
春は名のみの切り通し

舞台で満場の紅涙を絞った「湯島の白梅」の名場面です。

ところが、泉鏡花の原作を読んでみると、この台詞はおろか湯島天神も出てきません。
実は、芝居のあまりの人気に鏡花自身が後年この台詞や湯島の境内を取り入れて『湯島の境内』という戯曲を書いたということです。
市川雷蔵主演の映画『婦系図』にはちゃんと出てきます。まさに雷蔵のはまり役ですね!

湯島境内(婦系図)

河上渓介詩
春日とよ曲

久しぶり髷も似合った二人連れ
梅もほころぶ境内で
嬉しい思いも束の間に
義理にせかれた切れ話
お蔦が涙なくなくも
くぐる鳥居の影暗く
月もおぼろの春の宵