両国橋

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こんにちは

隅田川で涼み舟に乗ってきましたので、隅田川を代表する橋、『両国橋』についてレポさせていただきます。

江戸幕府は防備の面から隅田川への架橋は認めず、それまでは上流の千住大橋しかなかったが、明暦3年(1657年)、江戸市街の2/3を焼失し死者10万人を出した明暦の大火をきっかけに、万治2年(1659年)に防災・防火目的のための避難ルートとして江戸中心部を流れる下流部に架けられた最初の橋。位置は現在より少し下流にあった。
この辺りは大川と呼ばれていたため、当初、大橋と呼んだが、隅田川が武蔵と下総の両国に架かることから、両国橋と正式に改められた。
その後、元禄年間(1690年代)になってから新大橋、続いて永代橋が架橋された。
両国橋西たもとには火除地として広小路が設けられ、見世物小屋や出店などが集い、江戸随一の盛り場として賑わった。両国の川開きは5月28日に行われ、8月28日までの納涼期間中は花火が打ち上げられ、江戸庶民を魅了した。

涼み舟

渥美清太郎詩
春日とよ曲

夏の涼みは両国で
行き逢う舟のさざめ唄
月明かり見れば朧の爪弾き姿
忍び逢う夜の首尾の松
うろうろ舟の行逢いに
「エエ 西瓜はいかが豆や枝豆」
影芝居まず銅鑼の音
「しがねえ恋の情けが仇」
命の綱の切れたのを
どう取りとめて木更津から
めぐる月日も百代歳
今の両国は鉄の橋
濁った浮世に黒い水
お江戸懐かしいと思いませんかよ
(渥美清太郎:1892-1959、演劇評論家、演劇界の生き字引と言われ、歌舞伎大全、日本演劇辞典、邦楽舞踏辞典、日本戯曲全集などを編集)