国立劇場文楽五月公演

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昼の部をみてきました。
呂太夫、織太夫と、このところ
文楽は襲名続きですが、今月は、人形の幸助改め吉田玉助の襲名興行です。
劇場横には、名前を染めた幟が並び、劇場内にはご贔屓筋から贈られたご祝儀や胡蝶蘭が飾られ、華やいだ雰囲気です。
新玉助の披露狂言は、「本朝廿四孝」勘助住家の段で、玉男の慈悲蔵、和生のお種、簑助の母に混じって横蔵を遣い、フレッシュな中にスケールの大きな立ち役遣いとしての存在感を示しました。
床の呂勢太夫、清治、よかったです。

口上は、人形遣いのみ13名が並び、歌舞伎と異なり、本人は口上は述べません。
新玉助は長身で足が長いので、足遣いで苦労したというエピソードも披露されました。

昼の部最後の「義経千本桜」の道行はいつもと趣向を変え
山台を舞台正面に設け、九枚九梃という大編成です。
ただ、客席から遠いせいか、いつもの床での演奏のほうが迫力があるように思いました。

劇場は、いつにも増して満席、掛け声もかかり、活気がありました。
新玉助がこれから先も大きく育っていくことを願って劇場を後にしました。

次回は、ぷりん様、よろしくお願いいたします。

向島散歩

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五月雨や
小唄で偲ぶ
向島

『向島名所』のお稽古のあと、小唄のイメージをふくらませるため、新緑に誘われて、隅田川東岸沿いの墨東地域(竹屋の渡し〜水神)を歩いてみました。

三社祭で賑わう浅草を抜けて、昭和8年に「竹屋の渡し」に代わり架橋された言問橋を渡り、三井家の守り神である三囲(みめぐり)神社で三越劇場の大盛会のお礼をしてから、長命寺で桜餅をいただきながら一服、向島百花園を散策したあと、歌川広重の浮世絵『隅田川水神の森』に描かれ、当時は隅田川に直結し筑波山が一望できた桜の名所、隅田川神社(水神さま)で若草ライブの成功を祈願しました。

言問団子をお土産に買って帰りました。
言問団子は、植木師の外山佐吉が江戸末期に創業。明治に入り、在原業平(平安時代の歌人で六歌仙の一人、桓武天皇の曾孫、825-880)の故事「都鳥」にちなんで「言問団子」と名付けられました。店が有名になるにつれ一帯の別称となり、言問橋や言問通りのルーツでもあります。

名にしおはば いざ言問はむ 都鳥 我が思ふ人はありやなしやと
(古今和歌集411)

平安時代、京の都から遠く東国を旅し隅田川までやってきた在原業平は、日が暮れるにつれて都がとても恋しくなる。
川にゆったり浮かんで魚をついばんでいる京では見かけない鳥(ユリカモメ)を見て、渡し守に名前を尋ねる。「あれは都鳥ですょ」と言うのを聞いて、「そういう名の鳥なら、ぜひ聞いてみたいものだ。都鳥よ、私の恋しいあの人は都で元気にしているかい」と詠むと、一行は涙を流した。
(伊勢物語「東下り」)

向島名所

磯部東籬詞
杉浦翠女曲

五月雨や竹屋の渡し上げ花火
燈籠流しに都鳥
言問団子に桜餅
ちょっと土産に買わしゃんせ
土手の桜の色もよく
虫の音すだく百花園
水神の逢う瀬嬉しき夕映えや
小唄で偲ぶ名所を
昔ながらの河水は
隅田八橋くぐり流るる

(解説は師匠のHP歌詞集、または小唄選曲集第六集十頁を参照してください)

虎ノ門ヒルズ

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日本核医学会春季大会に参加させて頂き勉強して参りました。
会場は『虎ノ門ヒルズ』です。
いくら見上げてもてっぺんが見えない位近未来的なデザインのビルディングです。敷地内に緑の庭があり、すぐ側には東京タワー。耳のあるドラえもんがいましたよ

☆次はのりこさんお願いします!

お礼参り

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五月雨や
路地に聞こえる
三味の音

稽古に行く道すがらお参りしている、さくら通りの『お伝さんのお墓』
おかげさまで、三越劇場の大舞台では落ち着いて最後まで弾き通すことができました。

喜裕美会お疲れ様でした(^^)

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野尻の山荘を基点に〜
湯田中渋温泉街、地獄谷野猿公苑に行って来ました!
毎年この時期はタラの芽、コシアブラなど山菜を採り天ぷらで食するのですが…暖春で伸び放題(><)
なのに連休中はみぞれが降るほど寒く、お天気はいまいちでしたが美味しい空気をいっぱい吸って来ましたよーー( ^ω^ )

☆つぎは「つるさん」お願い致します!

人体

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こんにちわ。初参加の喜裕美会も無事に終えて、貴重な体験をまたひとつさせていただけたことに感謝の思いで一杯です🎵次の目標に向けてさらに精進する決意です。
さて、会以降はじめてのお休みで、以前から気になっていた催しにやっと行って参りました。国立科学館での特別展『人体』。普段より、人間の内外にとても興味があり、このジャンルの催しは何回か足を運んでおりますが、今回観覧して一番感動したことは《人間の臓器はお互いメッセージ物質を送りあって情報交換しカバーしあっている》というのを知ったことです…マニアックなのでこの辺りにしておきましょうか…ご興味のあるかてはぜひご覧になって下さいませ。私ももう一度観たいと思います。
次はしじみさん、よろしくお願いします\(^o^)/

三越ネコまつり

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こんにちは

日本橋三越入口のライオンがネコに変わってました。
5/2(水)〜14(月)までネコまつりを開催するそうです。
ネコ好きの方は、5/4(金)4時〜東京着物ショー(日本橋三井ホール)で開催される師匠と福了子姐さんの小唄ぶりの応援のついでに覗いてみてください。

猫じゃ猫じゃ

猫じゃ猫じゃとおしゃいますが
猫が猫が足駄はいて
絞りの浴衣で来るものか
オッチョコチョイノチョイ
オッチョコチョイノチョイ

蝶々蜻蛉(とんぼ)やキリギリス
山で山でさいずるのが
松虫鈴虫くつわ虫
オッチョコチョイノチョイ
オッチョコチョイノチョイ

下戸じゃ下戸じゃとおしゃいますが
下戸が下戸が一升樽かついで
前後も知らずに酔うものか
オッチョコチョイノチョイ
オッチョコチョイノチョイ

(江戸時代から唄われてきた俗曲。解説は師匠のHP歌詞集、動画コーナーをご覧ください)

四月歌舞伎座

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みてきました。松嶋屋一世一代の鶴屋南北作「絵本合法衢」。本当に素敵でした、松嶋屋が。主役二役とも胸がすくほどわるいやつら。歌舞伎だと色悪やら悪婆やら、悪役がとても魅力的です。実生活ではかかわり合いになりたくありませんが。

☆つぎはぐぐっちさん宜しくお願い致します!

新派

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こんにちは

年初から続けてきた稽古も、一週間後の三越劇場での本番に向けて、春日会館での下浚いを残すのみとなりました。
栄芝会長の小唄に合わせて踊る福了子姐さんの小唄ぶりも楽しみですが、今回は、特別企画、泉鏡花作「婦系図」より新派劇『湯島境内』が非常に楽しみです。

そこで、新派の理解を深めるために『街角で見つけた新派』というタイトルの本を読んでみましたので、その中から「婦系図」のエピソードを紹介させていただきます。

梅の湯島に月影ふけて
結ぶみくしもさえかへる
(喜多村緑郎、日本橋生まれ、人間国宝、1871年-1961年)

初演以来、長年お蔦を演じてきた新派の女形、喜多村緑郎は緻密な演技で有名であった。
千秋楽の日、大道具さんが小道具のベンチの背に白い跡を発見する。白粉のついた喜多村の指の跡が、寸分違わず同じ場所に付いていたという。

谷中でのんびり

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谷中にはすてきなお店がいろいろあります。
お稽古場から少し坂を下ったあたりは最近キッテ通りと名前がついたとか。
先日はキッテ通りのコーツトカフェで、季節限定のすてきなケーキをいただきました。コーヒーもとってもおいしかったです。
お稽古のときに皆さんもぜひどうぞ!

次は、いしいさん、よろしくお願いしまーす。

残り3週間ですょ

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ひらひらと
桜舞い散る
さくら通り

花舞台まで泣いても笑っても残り3週間!

お伝さんのお墓には稽古に行く度にお参りしてますが…
やはり日々の練習が大事ですね!

お彼岸

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(三春滝桜 H29.4.22撮影)

稽古行く
冬の寒さも
彼岸まで

冬の寒さが厳しいほど、桜はきれいな花を咲かせるそうですょ

あと1ヶ月…
三越の舞台に満開の花が咲きますね!

武相荘

遅くなりすみません先日憧れの武相荘に師匠とご一緒させて頂きました。
ジィーンズスタイルの白州氏と愛車ヴィンテージ・ベントレが出迎えてくれました。
白州氏は政治家実業家でもある方ですので、飾られてある品々は歴史を感じさせられます。
お庭には梅の香り、黒侘助が咲いており、春にはどんな花が咲くのか楽しみです。昼食はレストラン武相荘でフランス料理にワインを頂き至福の時を過ごしました。また白州氏のお嬢様にお会いでき感動致しました。
最後に白州氏の秘密のお部屋があり、懐かしくイギリス時代を思い出しいたのではと思われるお部屋です。是非皆様一度は行ってみませんか
あやこ

☆次はあややさんお願い致します!

梅は咲いたか

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こんにちは
 
『梅は咲いたか』のイメージをふくらませるために、春の陽気に誘われて、梅が満開の吉原周辺を散策してきましたので、レポさせていただきます。
 
吉原の開祖、庄司甚右衛門が眠る深川にある雲光院(徳川家康の側室、阿茶局の菩提寺)で墓参りをし、釜匠で深川めしを食べたあと、柳橋から隅田川を舟で上り両国橋をくぐり、浅草ニ天門で降りて隅田公園で梅を観賞し、山谷掘(当時は水路でしたが、現在は埋め立てられて公園になっています)を八丁(約900m)ほど歩き、お歯黒どぶ(吉原は幅9mの堀に囲まれ外界から隔絶されていた)の石垣沿いを通り、吉原遊郭のメインストリート仲之町通りを歩いて行くと右手に見える吉原神社に参拝し、喜裕美会の発展と三越劇場の成功を祈願してきました。
 
吉原遊郭は元和3年(1617年)、幕府の許可を得て庄司甚右衛門が江戸市中に散在していた遊女屋を日本橋葺屋町(ふきやちょう)の東隣(現在の日本橋人形町周辺)に集めたことに始まります。この地には葦が生い茂っており、そこから「葦原」、転じて「吉原」と命名されました。しかし、次第に吉原が江戸の中心地になってしまったため、明暦3年(1655年)に現在地である千束村へ移転となりました。以後、日本橋葺屋町にあった頃の吉原を「元吉原」、移転後の吉原を「新吉原」といいます。
 
吉原神社は、かつて吉原遊郭にお祀りされていた5つの稲荷神社と遊郭に隣接する吉原弁財天を明治5年に合祀した神社です。五穀豊穣をつかさどる神様、倉稲魂命(うがのみたまのみこと)を御祭神とし、お稲荷さんと呼ばれて親しまれています。稲荷とは稲が成るつまり稲の生育を意味し、古くから家内安全・商売繁盛の神様として信仰されています。さらに当社の倉稲魂命はかつて吉原遊郭の遊女たちの信仰を集めたことから現在でも女性の様々な願いを叶えてくださることで知られています。
(吉原神社HPより)
 
小唄には吉原を唄った曲が多くありますが、当時の面影が偲ばれ、吉原には梅が合うと実感しました。
 
梅は咲いたか
 
梅は咲いたか 桜はまだかいな
柳ゃなよなよ 風次第
山吹ゃ浮気で 色ばっかり しょんがいな
 
浅蜊取れたか 蛤ゃまだかいな
鮑くよくよ 片想い
さざえは悋気で 角ばっかり しょんがいな
 
柳橋から小舟を急がせ
舟はゆらゆら波次第
舟から上がって 土手八丁 吉原へご案内
(解説は師匠のHP歌詞集、又は小唄選曲集第一集七頁を参照してください)

平年通りの

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こんにちは。shimoです。
4月の会まで、まだまだなんて思っていたら…
もう立春もう過ぎ、気持ちばかりが急いてしまいます。

さて、一昨年から続く諸事情で帰省しておりました。今年は東京も雪が積もり、各地で大雪警報が出ておりましたが、郷里は平年どおりに、たっぷりの雪。
「もう、雪はたくさん!」と、おっしゃる方もいらっしゃるでしょうが、せっかくなので…。

雪見酒、雪見風呂、雪見障子、雪見だいふく…
小唄も忘れてはいけませんね。

初雪に降り込められて向島 二人が中に置炬燵
酒の機嫌の爪弾きは 好いた同志の差し向かい
嘘が浮世か浮世が実か 誠くらべの胸と胸.

初代清元菊寿太夫詩・曲

次はあや子さま、お願いいたします。

小野照崎神社

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こんにちは

第6回喜裕美会まで3ヶ月を切るなか、昨日のグループレッスンでは、まとまりのある小唄三味線を聴くことができました。
三越劇場の成功と小唄三味線の上達を祈願しに芸能が御神徳として有名な入谷にある『小野照崎神社』に参拝してきました。

御祭神の小野篁(たかむら)公は、平安時代初期の歌人で「日本の白楽天」と呼ばれるほどの学者でもあり、孫には道風、小町という才に溢れた歴史上の人物がおり、漢詩、和歌、書道、絵画、音楽等、多彩な感性で平安文化の礎を築き「芸能の神様」として、数々の逸話と共に広く信仰されております。
(小野照崎神社HPより)
また、売れない時代の渥美清が、将来の活躍を願掛けしたあと、寅さんの役をもらって国民的映画の主役の座を手に入れたというエピソードでも知られている神社です。

三千歳

市川三升詞
吉田草紙庵曲
昭和十年作

一日逢わねば千日の
思いも積もる春の夜の
静かに更けて冴え返る
寒さをかこう袖屏風
入谷の寮の睦言も
淡き灯影に波打たす
隙間をもるる雪下ろし

(河竹黙阿弥作「天衣紛上野初花」の片岡直次郎と吉原大口屋の遊女三千歳との入谷の寮での濡場を唄った清元の名曲「忍逢春雪解」(清元お葉作)に材をとって小唄にしたもの。解説は師匠のHP歌詞集、小唄選曲集第七集三頁を参照してください)

南千住回向院( 小塚原回向院)

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念願の片岡直次郎のお墓を、南千住回向院に見に行ってきました。もう何年も前に、直次郎を仁左衛門さん・三千歳を玉三郎さんで歌舞伎「雪暮夜入谷畦道(直侍)」を観たことがありました。二人の姿の美しさに、すっかりこの演目にはまってしまいました。その後、この演目を観るにつけ、直次郎と三千歳に興味をもちました。片岡直次郎のために三千歳はお墓を建てたことがわかり、是非見に行きたかったのです。三千歳の想いをお墓という形で見ることができました。いい時間になりました。gon☆☆☆次はshimoさんお願いします。